エルピーダとはどんな会社か?(最終回) |
昨日に引き続き、エルピーダの有価証券報告書を見てみましょう。 同社の状況を把握するために重視したいポイントは以下のとおりでした。
1.貸借対照表の負債の部にて有利子負債の増加額を体感する 2.損益計算書の支払利息の増減を確認する 3.連結附属明細表の「社債明細表」「借入金明細表」を確認する 4.有利子負債に関する注記箇所(担保差入状況や財務制限条項など)を確認する 5.連結注記で気になるところがないかレビューする
昨日の記事では1~3まで終わりましたので、今回は4以降です。 その前にぜひ押さえておきたいキーワードとして「財務制限条項(またはコベナンツ)」を理解しましょう。景気が悪くなり、金融機関の貸出姿勢が硬化してくるといろいろな場面で目にしたり、耳にしたりする機会が増えます。 私の友人の会計士も、某メーカーにCFOとして転職した際に「何が辛かったって、資金繰りだよ。特にメインバンクからの締め付け。リファイナンス(借り換え)の度に、コベナンツの条件が厳しくなるし。。。監査をしていた頃はそこまで考えなかったけど、コベナンツが発動しないように、決算対策したくなる経営者の気持ちが痛いほど分かったよ・・・」と言っていたのを思い出します。 まあ、多額の資金を貸し付ける金融機関の立場からすれば、融資引き揚げもちらつかせながら一定の条件を付すことで、経営に緊張感を持ってもらおうという趣旨も分からないのではないのですが。
少し前ですが話題となったところでは、ソフトバンクがボーダフォンを多額の借入(ノンリコースローン)をもって買収した際に、銀行団の協調融資契約には様々な財務制限条項が付されており、現在でもこの条項に抵触しないよう気を使っていると思われます。【参照記事はこちら】
前置きが長くなってしまいましたが、ここからが本題です!
さて、上記ポイントの「4.有利子負債に関する注記箇所」に関連して、エルピーダの財務制限条項はどんなものが確認してみましょう。
有価証券報告書の77ページに注記がありますが、大きくは次の2つの条項が付されているようです。 1.純資産維持条項 2.財務レバレッジ制限条項
このうち、対象借入金額が大きいのが、「1.純資産維持条項」です。 2,282億円を対象とする純資産維持条項は 「各年度の決算期及び第2四半期の末日における当社連結貸借対照表における純資産の部の金額を前年同期比75%以上の維持すること」となっています。
これに照らして、実際の決算金額を見てみましょう。 2009年3月末と前年同期の2008年3月末の連結純資産の部の金額です。 A(2009/3)2,664億円 B(2008/3)3,478億円
A÷B=76.6%!!
かなりギリギリです。 B×75%=2,609億円なので、なんと55億円しか余裕がなかったのではないでしょうか。
最後に「5.連結注記で気になるところ」を確認してみましょう。 細かく言えばいろいろあるのですが誌面の都合もあるので3つほど。
(1)有価証券報告書71ページの(追加情報)です。 注記を要約すると、第4四半期から特定の設備について耐用年数を延ばす変更を行い、営業損失が約55億円減少(利益増加)したというものです。
会計・監査の業界にいる方であれば分かると思いますが、固定資産の耐用年数の変更は余程の合理的な理由がない限り、実行しにくく、監査上も認めにくい性質のものです。しかも、技術革新や製品ライフサイクルの短縮に伴い保守的に耐用年数を短くし、減価償却を増加(利益減少)させる場合は、まだ正当な理由を見いだしやすいと考えます。 しかしながら、この事案のように耐用年数をのばし、結果として、50億円を超える利益を出すというのはかなり勇気がいる会計処理ではないでしょうか。さらに、なぜこの時期に変更するのかという疑問に対して明確な根拠を示すのが大変なので「年度決算と四半期決算の首尾一貫性も考慮して、翌期首から変更」とするのが落としどころですが、期の途中、しかも本決算を控えた第4四半期から変更というのも少し大胆な気がします。 注記によれば、見積り変更の理由として「DRAMの量産が本格的に開始してから5年が経過したこと、広島工場のキャパシティ拡大に係る投資が一巡したこと、並びに、平成20年10月にE300Fabでの受託ファンダリビジネスを本格的にスタートしたことを契機に耐用年数の見直しを実施した結果、当初予定による残存耐用年数と現在以降の経済的使用予測可能期間との乖離が明らかである有形固定資産が認められました。・・・」と記載されています。 つまり、当初、経済的に5年程度の稼働を考えていた設備が、ある時見直したら「10年使えそうだ」ということになり、耐用年数を延ばすことによって、毎年の減価償却を減らすというものです。経営者の考え方如何かなと思いますが、当初の支出額をその時の見積りに基づいて、継続的・規則的に原価配分してきたものを、経営環境が変わったからといって、あえて延ばす(=投資回収計算を下方修正するようもの)のは保守的な会計からすればいかがなものでしょうか。仮に、「10年使えそうだ」と思っても経営環境が良好ならば、5年で償却を終え、残りの5年は償却負担なしの状況で価格競争しようと思うのが自然ですよね。従って、私の目には、この会計処理は「この苦しい財政状態だからこそ、不本意ながら、せざるを得なかった処理」と映ってしまいました。まあ、監査人が正当な処理と判断して監査報告書を提出しているのであれば、これ以上言うことはありませんが・・・。
しかし、この見積りの変更によって純資産が増加した金額が55億円(税務上の欠損会社なので、税効果なしと仮定)ですか、、、
ん?、上記4.をもう一度見て下さい。 確か、2,200億円を超える借入金に付された財務制限条項に抵触するか否かの余裕は55億円・・・ということは、この見積りの変更がなければ・・・
微妙な感じです。 あまり、これ以上深くコメントしない方がいいかな。
この他にも気になる注記をご参考まで。 (2)有価証券報告書78ページの「重要な係争案件」 引当がほぼ倍増しています。訴訟和解引当の見積りは、かなりジャッジメンタルなもの(会社の恣意性が入りやすい部分)なので、きちんと見積りされていることを願いましょう。
(3)有価証券報告書106ページ「○○購入契約」 私自身あまり業界に精通していないのですが、このように多額に長期で条件フィックスしている契約があるとは驚きでした。その分、安い単価でユーティリティーや原材料を調達するので、操業度が高い時はいいのですが、操業度が落ちると極端な話、「必要でないエネルギー」も買わなければならないという状況は、財政的にも負担になりますし、エコロジーにも反するような・・・。業界的には一般的なのか分かりませんが、ハイリスク・ハイリターンな取引のような気がします。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 以上、3回にわたり、エルピーダという会社の直近の有価証券報告書を眺めてきましたが、何となくこの会社が抱えている苦悩が分かった頂けたのではないでしょうか。
私自身、この会社を見るのは初めてで何の予備知識もありません(別に株を持っている訳でもありませんし、利害関係は全くありません)でしたが、公表されている有価証券報告書や会社ホームページ、その他インターネットの記事等を参照して、公的資金注入先の実情が少しでも分かるならという気持ちで見てみました。 それと、自分も含めて関係者がこれだけ苦労している有価証券報告書には、各社の貴重な情報が盛り沢山!ですよということを少しでも分かって欲しいと思い、書いてみました。
最後に同社の財務状況云々というところを一旦離れて、今回の公的資金注入についてコメントしたいと思います。
いろいろ世論の是非はあると思いますが、特定の産業において、世界のメーカーと戦っている企業については、ある程度、国のサポートは必要なのではという感も抱きました。ご承知のとおり、半導体産業の競争相手である、台湾・韓国・中国などの財閥系メーカーは、かなり前から国策によって相当手厚くバックアップを受けています(例えば、日本に比べ明らかに低い法人税率など)。もちろん、それだけではなく、企業努力があったのは認めますが、同じ土俵とは言えないのではないでしょうか。技術革新の激しい分野で次の覇権を取るためには、企業間の競争を超えて、国家間での戦いが行われているといっても過言ではないと考えます(これは移転価格税制にも言えることです)。 これらの企業と対等に戦うために、日本の製造業は従業員からも一定の理解を得ながら(負担を強いながら)、ここまで頑張っていると思います。
グローバルな経営の裏に、国家戦略としても一定のビジョンが求められることは言うまでもありません。頑張れニッポン!
以上、長々とすみませんでした。お付き合い頂きありがとうございました。
機会があれば、また別の会社も見てみたいと思います。

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