監査人の独立性~ローテーション制度と金融庁による監査法人の処分~(その1) |
昨晩は久しぶりに、私が昨年まで在籍していた某監査法人の某監査チームの打ち上げに参加させて頂き、メンバーの方々と杯を酌み交わしてきました。
3月決算を担当している多くの監査チームは、6月末の株主総会と有価証券報告書の提出が終わり、2009年3月期の監査業務に一通りの目処が付く、この時期に打ち上げ&当期の監査に先立つキックオフMTGを行っています。今回、この監査チームの打ち上げに呼んで頂いたのは、長年この監査クライアントに携わっていたパートナーが、いわゆる「ローテーション制度」に従って、この監査チームから外れる(ローテーションアウト)ために送別会をしようという趣旨もあったためです。私自身も監査法人を退職するまで、このパートナーの方には随分長きに渡りお世話になっていたため、ぜひ御慰労のお言葉をと思い参加させてもらいました。
さて、この「ローテーション制度」ですが、ご承知の方も多いと思いますが、欧米の監査制度では既に一般的になっていたものを、日本でも導入しようということで、以下の取扱いとなっています。 「平成16年4月以降、公認会計士法等により公認会計士・監査法人は、大会社等の連続する7会計期間のすべての会計期間に係る財務書類について監査関連業務を行った場合には、翌会計期間以後の2会計期間に係る当該大会社等の財務書類について監査関連業務を行うことはできません。(いわゆる7年・2年ルール) なお、大規模監査法人(上場企業法定監査を数多く担当している大手監査法人など)における筆頭業務執行社員等については、平成19年の公認会計士法の改正により、平成20年4月1日以降、継続監査期間を5会計期間、監査禁止期間を5会計期間とすることになりました(5年・5年ルール)。」
要約すると、監査法人(または会計事務所、個人会計士)のなかで、各監査対象の監査業務に従事し、監査証明(監査報告書)に署名する会計士(いわゆるパートナーや業務執行社員という人)は7年を超えて、当該監査対象の監査を行ってはならないというものです。ただし、2年のインターバルの後、復帰することは認められています。なお、筆頭業務執行社員(通常、監査報告書で一番上にサインする会計士)については、5年でローテーションし、5年のインターバルをおく必要があります。 監査法人自体を7年で替えなくてはならないということにはなっていません。
このローテーション制度の導入趣旨は、様々な粉飾事件や会計スキャンダルの根幹には、会社との長年にわたる癒着や馴れ合いが多く見受けられるため、この関係を是正するというところにあります。確かに、個人的経験でも、3年、5年と同じクライアントに関与していると、会社のビジネスや実態、会計処理上のリスク・問題点などが良く分かってくる一方、油断も出てきます。また、数回の決算を会社とともに乗り切ってきたという「連帯感」が会社との間に生まれ、ともすれば、関与して間もない頃の「まっさらな状態」に比べれば、知らずのうちに会社側に立った物の考え方をしてしまう危険性があります。
もちろん、ほとんどの会計士はこのような状況のなかで、クライアントからの独立性と専門家としての健全な懐疑心を保持して日々業務に臨んでいる訳ですが。
しかしながら、外部の人々から見れば、必ずしもその状況は分からないため、外見的に独立性を明確にするために、7年や5年のローテーション制度が運用されていると言えます。 この継続関与可能期間については7年がいいのか、5年がいいのか、もっと短くすべきなのかの議論や、「監査法人内部でパートナーを入れ替えても、法人ぐるみの不正や粉飾隠蔽を阻止することは出来ないから監査法人自体をローテーションすべきだ」などの意見もあるようです。
これに対して個人的な意見ですが、現行の監査法人内でのパートナーローテーションに付いても一定の独立性保持効果があると考えます。 各パートナーがいろいろな会社での監査経験というバックグラウンドを持っていますので、パートナーが交代した時に新しい目でいままで気が付かなかった問題点やリスクが識別されることもありますし、監査を受ける会社側にとっても「今度のパートナーはどんな人だろう。厳しい人なのかな?」という緊張感がうまれます。
ただし、もう一歩踏み込んでいうならば、クライアントに対しては、新しく関与するパートナーが監査法人内でどのように透明性をもって選定されたかを説明する必要はあるでしょう(既に実行しているところも多いかと思いますが)。 加えて、パートナー以外で、クライアント担当者との関与時間が長く実務面を担う主査以下の監査チームについても同様に、癒着や馴れ合いの危険性が多いと判断されれば、構成員を入れ替えていくことを徹底する方策も必要かもしれません(現状、法律で強制されているのは、業務執行社員のローテーションのみで、主査以下のローテーションは各監査法人内で内規的に取り決めが行われている模様です)。
なお、昔は、いわゆる大先生がローテーションで監査クライアントを離れる際には、自分の影響力が行使しうる部下を関与させ、いわば「院政」を行いながら、インターバル期間後に、業務執行社員として復帰するという動きも多少あったようです。しかし、現在では各パートナーの責任の明確化や関与することのリスク増大の効果もあって、私が知る限りではこのような動きは相当限定的ではないかと考えます(インターバル期間終了後に復帰するといことも意識的に避けていると思います)。
クライアント側の意識も変わってきており、その昔は「うちの会社は○○大先生にサインしてもらっている」という感じで、監査報告書のサインが一つの大きな儀式(例えば、主要役員が一同にそろい、仰々しい雰囲気のなかでサインしていくなど)となっていた時代もあったようですが、昨今、クライアント側の意識にあるのは、大手監査法人の○○から監査を受けているのか、それとも大手以外の監査法人から監査を受けているか、というところにあるのではないでしょうか。
そう考えると、IFRSに移行しようという時でもあり、日本もそろそろ、監査報告書に業務執行社員がそれぞれ個人名で署名することをやめ、欧米のようにファーム(事務所)名でサインするように変える時期ではないかと思います。そもそも個人名でサインすることにこだわっているパートナーの数も少なくなっているのではないでしょうか(余談ですが、サインするパートナー数が多い(3名や4名)クライアントの場合、各パートナーの署名をもらうため、前後の順番を守りながら日程調整するのも大変だったりします)。
また、レアケースですが、基本方針として一定期間経過後に監査法人を変更する(ことを検討する)こと定めており、これによって会社側からも外見的独立性を保持していることをアピールする企業も出てきています(まあ、これは監査法人を入札の形で競わせることによって監査報酬を下げる、または、一定金額に維持する効果を担うという側面も否定できませんが・・)。 この辺りが注目されてくると、当然に、欧米のような厳格性をもって、監査法人自体のローテーションをすべきという声もあがってくるでしょう。
しかしながら、実務に携わる者の立場として言えば、監査法人自体のローテーションについては、いくつかの問題や弊害があります。
(1)監査法人が変わるということは、それまでの会社と監査法人の様々やり取りが一旦リセットされることになるため、会社の実務担当者にとっては、会社の事業概要など一から説明しなければならず、かなり過酷な作業となる。 (2)監査人が変更してしばらくは、監査人側も監査に慣れないため、必要以上に監査時間がかかり、かつ、決算早期化や決算開示資料の精度に悪影響を及ぼす。 (3)監査人は、監査クライアントと監査報酬を協議したうえで報酬をもらっている制度上、ローテーションを目前に控えた事業年度などは、過去の監査時間の超過に起因する赤字を回収する必要が発生し、激烈な報酬交渉になる可能性がある。 (4)ローテーション直近期の監査人の意識としては、次の監査人による監査で何か手続上の問題を指摘・示唆されないよう(直接示唆されることはありませんが、何か問題が発生した時に、当時者(現監査人)であるか否かで対応の困難さが変わってくる)、形式面を重視した必要以上に厳しい監査を実施してしまう可能性がある。
監査法人のローテーションが制度化されると、新しい契約を取るために、本来この種の業務ではなじまない価格競争が行われるでしょう。監査の品質を高めようという流れのなかで、本文ではない営業活動に一定のエネルギーが割かれることは、日本の監査業界にとってマイナスの影響が大きいのではないでしょうか。 また、実務面からも監査法人自体のローテーションを強制することは、現実的に難しいと思い。
仮にこれを実行するのであれば、クライアントから直接報酬をもらうという枠組みを変え、監査対象会社の規模や、費やした監査時間等に応じて、利害関係のないところ(各企業からの監査報酬をプールするような機関)から報酬を受け取るなども施策が前提になるでしょう。 いずれにせよ、クライアント側と監査側双方の実務部隊が相当大変になるでしょうが・・・
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★ 以上、ローテーション制度にもいくつかの課題は存在していると思われますが、制度が定着しつつある現況を見たり聞いたりしている範囲では、大手監査法人における独立性保持に対しては一定のプラス効果が出ていると考えます。 ただし、これを形式面だけの制度で終わらせず、実質面での効果をさらに高めるためには、監査に携わる個々人の独立性意識の向上が最も重要と言えるでしょう。
次回は、このローテーション制度が中小・中堅監査法人や個人会計士に与える影響と金融庁による規制強化のあたりに触れてみたいと思います。
関連記事は「監査法人ウィングパートナーズに業務停止処分、監査証明した書類に虚偽」です。
最後になりましたが、長年、某クライアントに関与され、ご尽力されたKパートナー、本当にお疲れさまでした! (今度、自転車ツーリング行きましょう!)

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